言語化と考えすぎは違う|考えすぎて行動できないときに大切なこと

潜在意識

「ちゃんと考えてから動こう」
そう思っているうちに、
なかなか行動できなくなることはありませんか?

「これでいいかな」
「やって大丈夫かな」
「どう思われるかな」

考えているうちに、
最初にあった「やってみたい」が
小さくなってしまうことがあります。

でも、
言語化と考えすぎは違います。

不安やモヤモヤを言葉にすることは、
自分の本当の気持ちに気づくために大切です。

一方で、考え続けることで、
行動まで止めてしまうこともあります。

今回は、
言語化と考えすぎの違いについて、
一緒に考えてみたいと思います。

不安やモヤモヤがあるとき、
頭の中だけで考えていると、
気持ちがどんどん大きくなることがあります。

「なんとなく嫌」
「なんとなく不安」

そんな状態のままだと、
何が気になっているのかも
分からないことがあります。

だからこそ、言葉にしてみる。

「私は何が不安なんだろう?」
「本当はどう感じているんだろう?」
「私はどうしたいんだろう?」

そんなふうに言葉にしていくと、
思っていたより大したことがなかったり、
本当の気持ちに気づけたりします。

「失敗するのが怖いと思っていたけど、
本当は人にどう思われるかが怖かった」

そんな気づきが出てくることもあります。

言語化は、
自分を前に進めるための大切な時間です。

だから私は、
自分の気持ちを言葉にすることを
大切にしています。

でも、言葉にしたあとも、
「これでいいかな」
「やって大丈夫かな」
「どう思われるかな」
と、ずっと考え続けてしまうことがあります。

もちろん、考えることが悪いわけではありません。

準備することも大切です。
慎重になることも必要です。

ただ、同じことを何度も考えて、
一歩も動けなくなっているなら、
少し違う状態かもしれません。

それは、
考えているというより、
考えることで止まっている状態。

なのかもしれません。

最初は、
「やってみたい」
と思っていた。

でも、考えれば考えるほど、
「失敗したらどうしよう」
「変に思われたらどうしよう」
と不安が増えていく。

そして最後には、
「やっぱりやめておこう」
となる。

これでは、
せっかく生まれた「やってみたい」という気持ちまで、
自分で止めてしまいます。

だから時々、
「私は今、考えている?
それとも、止まっている?」

と、自分に聞いてみることも大切です。

私が伝えたいのは、
「考えるな」
ということではありません。

むしろ、
ちゃんと自分の気持ちを見つめることは大切です。

そのうえで、
やりたいと思ったことまで
止めるほど考えるのは、もったいない。

そう思っています。

「やってみたい」
と思ったのなら、
いきなり大きな行動をしなくても大丈夫です。

まず調べてみる。
誰かに話してみる。
申し込んでみる。
少しだけやってみる。

そんな小さな一歩でもいい。

動いてみると、
動いたからこそ分かることがあります。

やってみたら意外と大丈夫だった。
思っていたより楽しかった。
やっぱり違うと気づいた。

どれも、動いたからこそ分かることです。

そして、そこで感じたことを、
また言葉にしてみる。

言語化して、
小さく動いて、
また気づく。

その繰り返しの中で、
自分の本音も少しずつ見えてきます。

考えることと行動すること。

どちらかを選ぶのではなく、
両方を大切にしていけたらいい。

私はそんなふうに、
もっと軽やかに進んでいきたいと思っています。

言語化と考えすぎは、
同じ「考える」でも違います。

不安やモヤモヤを言葉にすると、
自分の本当の気持ちに気づけます。

それは、自分を知るために
とても大切なことです。

でも、
「これでいいかな」
「やって大丈夫かな」
「どう思われるかな」
と考え続けて、
行動まで止めてしまうことがあります。

だから、
考えるな、ではなく、
考えたあとに動いてみる。

やりたいと思ったことまで、
止めるほど考え続けない。

小さな一歩を踏み出してみる。

そして、
その一歩から感じたことを
また言葉にしてみる。

そんな循環ができると、
もっと自分らしく進めるのかもしれません。

私自身も、
考えすぎて止まってしまうことがあります。

だからこそ、
「まだ考えなきゃ」ではなく、
「もう十分考えたかも」
と気づける自分でいたい。

やってみたいと思った自分の気持ちを、
自分自身が信じてあげられたらいいですよね。