「誰かが何とかしてくれる」をやめた時、人生が動き出した話

潜在意識

最近、
かなり恥ずかしいことに気づきました。

私はずっと、
「誰かが何とかしてくれる」
って、どこかで期待していたんです。

学びも本気。
行動もしているつもり。

でもその奥で、
「誰か、私を変えて」
をやっていました。

この記事では、
そんな私が気づいた
“テイカーだった自分”と、
そこから、
“元気をもらう側”ではなく
“元気を渡す側”へ
意識が変わっていったお話を書きます。

私はこれまで、
大嶋塾にも、仙道塾にも入りました。
決して安くない金額でした。

でも、
お金を払う勇気はあるんです(笑)

ただ、その奥で、
「ここに入ったら変われるかもしれない」
「誰かが引き上げてくれるかもしれない」
そんな期待をしていました。

言われたことをやって、
学んで、
頑張って。

でもどこかで、
「ちゃんとしてたら、いつか気づいてもらえる」
って待っていたんです。

動いているようで、
本当は受け身だった。

今ならそう思います。

しかも私は、
落ち込んでみたり、
いじけてみたり。

周りに、
「わかってほしい」
「認めてほしい」
「慰めてほしい」
をやっていました。

当時は、
“素直な自分”
だと思っていたけれど、
今思うと、
それはただの甘えだった。

不機嫌でいる方が簡単なんです。

だって、
心配してもらえる。
かまってもらえる。

でもそれって、
周りの時間もエネルギーも奪ってしまう。

私は、
「自分はテイカーじゃない」
と思っていました。
でも実際は、
ものすごく受け取る側だったんです。

恥ずかしいけれど、
今回そこに気づかされました。

今回、大嶋塾で、
“ご機嫌でいること”
の大切さが、深く腑に落ちました。

大嶋さん自身、
きっと怖いことも不安もある。

それでも、
いつもニコニコして、
人を元気づけている。

それを見た時、
「あ、私は元気をもらう側でいようとしてた」
って気づいたんです。

だからもう、
そこを卒業したいと思いました。

誰かに何とかしてもらうのを待つんじゃなく、

自分でご機嫌を選ぶ。

自分で立つ。

そして、
誰かを照らせる側になる。

無理してるわけじゃないんです。
そう在りたい。

それは、
“在り方”の問題なんだと思っています。


人生って、
誰かが変えてくれるものじゃなくて、
自分で選び、
自分で創っていくもの。

もちろん、
支えてもらうことは大切。

でも、
「誰かが何とかしてくれる」
を握ったままだと、
どこかで止まってしまう。

だからこれからは、
自分で自分をご機嫌にしながら、
周りにも安心や元気を渡せる人でいたい。

そんなふうに思っています。


今回の気づきは、
正直かなり恥ずかしかったです(笑)

でも、
「まだ誰かに期待してたんだな」
って認められた時、少し肩の力が抜けました。

完璧じゃなくても、
気づいたところから変わっていけばいい。

最近、そんなふうに感じています。