嫌われていると思ってしまうのはなぜ?事実と解釈を分けて心を軽くする方法

潜在意識

誰かの何気ない言葉や態度が気になってしまう。

自分だけ名前を呼ばれなかったり、返信が遅かったり。

そんな小さな出来事から、
「もしかして嫌われている?」
と不安になることはありませんか?

一度そう思い始めると、
過去の出来事まで思い出してしまう。

「あのときも、そうだった」
「やっぱり私は大切にされていないんだ」

気づけば、頭の中でネガティブな物語が広がっている。

実は私も、そんなことがよくあります(笑)。

でも、あることに気づくと、心が少し軽くなるんです。

それは、実際に起きた出来事と、
自分がそこから作った物語を分けてみること。

今回は、嫌われていると思ってしまう心の仕組みと、
自分の本音に気づくためのヒントをお話しします。

「えっ、私だけ名前を呼ばれなかった……」
以前、そんな場面を想像していたときのことです。

オープンチャットなどで、
参加者の名前を順番に呼んでもらう。

みんなの名前が呼ばれているのに、
なぜか私だけ飛ばされてしまった。

すると、私の頭の中では、すぐに物語が始まります。

「えっ、なんで?」
「私のことが嫌いなのかな?」
「もしかして、ここに来てほしくないの?」

そして、極めつけはこれ。

「そういえば、あのときも……」

過去の出来事まで引っ張り出してきて、
嫌われている証拠を集め始めるんです。

もう、止まりません。

ネガティブ物語、大暴走!

悲劇のヒロイン爆誕です(笑)。

でも、ちょっと考えてみると、
実際に起きたことはたったひとつ。

「私の名前が呼ばれなかった」
それだけなんですよね。

単純に見落としたのかもしれない。
読み飛ばしてしまったのかもしれない。

本当の理由は、本人に聞いてみないとわかりません。

自分が名前を読む側になったら、
悪気がなくても飛ばしてしまうことはあります。

それなのに、受け取る側になると、
どうしてこんなに大きな物語を作ってしまうのでしょう。

それは、目の前の出来事に、
自分なりの意味をつけているからかもしれません。

そして、一度「嫌われている」と思うと、
その考えに合う出来事ばかりが目につくこともあります。

でも、頭に浮かんだことが、すべて事実とは限りません。

ここに気づくだけでも、心の中に少し余白が生まれます。

最近、朝のオープンチャットで、
Kengoさんの『自然の法則』という本をシェアしています。

その中で改めて気づいたのが、
出来事と、そこから自分が作り出した物語
を切り離すことの大切さです。

私の講座でも、「事実と解釈を分ける」
ということをお伝えしています。

今回の出来事で考えてみると、こうなります。

事実

私の名前が呼ばれなかった。

解釈・物語

  • 私は嫌われている。
  • 私は大切にされていない。
  • 私はここにいてはいけない。

このふたつは、まったく違いますよね。

名前が呼ばれなかったことは事実です。
でも、嫌われているかどうかは、まだわかりません。

ここで物語をいったん脇に置いてみると、
今度は自分の本当の気持ちが見えてきます。

「ああ、私、寂しかったんだ」
「みんなと同じように呼んでほしかったんだ」
「私だけ飛ばされて、悲しかったんだ」
「ちょっと恥ずかしかったんだ」

本当は、そんな気持ちがあったのかもしれません。

大切なのは、無理にポジティブに
考え直すことではありません。

「嫌われているわけじゃない、大丈夫!」
と、自分に言い聞かせることでもないんです。

まずは、実際に何が起きたのかを確認する。
そして、自分が何を感じたのかに気づく。

それだけでも、自分との向き合い方は変わってきます。

相手の気持ちを勝手に決めつけず、
自分の気持ちもなかったことにしない。

その両方を大切にできたらいいですよね。

私はこれまで、潜在意識のコーチングで、
ネガティブな感情から入るセッションをたくさんしてきました。

その中で感じるのは、ネガティブな感情も、
自分を知るための大切な手がかりになるということです。

怒りの奥に、悲しさがある。
悔しさの奥に、寂しさがある。

そして、そのさらに奥に、
「本当はこうしてほしかった」
という思いが隠れていることもあります。

だから、ネガティブな感情を
無理になくそうとしなくてもいいんです。

まずは、その気持ちを感じてみる。

「私は悲しかったんだね」
「本当は、仲間として大切にしてほしかったんだね」

そんなふうに、自分の心に寄り添ってみる。

ここで、ひとつ大切なことがあります。

「感情を感じること」と
「感情について考え続けること」は違う。

たとえば、
「あの人があんなことをした」
「普通、そんなことしないでしょ」
「なんで私ばっかり!」
と、頭の中で何度も繰り返しているとき。

自分の気持ちと向き合っているつもりでも、
実際には物語を膨らませ続けていることがあります。

考え続けるほど、
怒りや悲しみが大きくなることもありますよね。

そんなときは、いったん立ち止まってみましょう。

「ちょっと待って。事実は何?」

そして、自分に問いかけてみるんです。

「私は、本当は何が悲しかったんだろう?」
「本当は、どうしてほしかったんだろう?」

答えがすぐに出なくても大丈夫です。

無理に感情を消そうとせず、
自分の気持ちに気づいてあげる。

それが、自分の本音を理解する一歩になります。

自分の感情を理解できると、
相手を責めることだけに意識が向いていた状態から、
少しずつ自分がどうしたいのかを考えられるようになります。

そして、必要なら相手に確認することもできる。

自分の気持ちを伝えることもできる。

ただ、ひとりで物語を作り続ける以外の
選択肢が見えてくるんです。

誰かの言葉や態度が気になったとき。
嫌われているのかもしれないと、不安になったとき。

そんなときこそ、少しだけ立ち止まってみてください。

「実際に起きたことは何?」
「そこから、私はどんな物語を作っている?」

そして、その物語の奥にある自分の気持ちを見つめてみる。

寂しかったのかもしれない。
悲しかったのかもしれない。
大切にしてほしかったのかもしれない。

どんな気持ちも、否定しなくて大丈夫です。

事実はひとつ。でも、物語はいくらでも作れる。

だったら、自分を苦しめる物語を作り続けるより、
その奥にいる自分の声を聞いてあげたい。

無理にポジティブにならなくてもいい。
ネガティブな自分をなくそうとしなくてもいい。

「あ、また物語が始まった(笑)」

そう気づけたら、そこから選び直すことができます。

自分の思考のクセに気づくこと。
自分の本音に気づくこと。

その小さな積み重ねが、自分らしく、
心地よく生きることにつながっていくのだと思います。

私もまだまだ、
ネガティブ物語の脚本家を卒業できそうにありません。

でも、そんな自分に気づいたら、
「あ、また始まった!」と笑えるようになってきました。

完璧に変わろうとするよりも、
自分のクセを知って、少しずつ選び直していく。

そんな自分との付き合い方を、
これからも楽しんでいきたいです。