子どもの受験や進路が不安なときに|不安ではなく安心から関わる子育て

潜在意識

子どものこと。
仕事のこと。
これからの未来のこと。

考え始めると、
どんどん不安になることがありますよね。

「ちゃんとしなきゃ」
「いいことを言わなきゃ」
「親として責任を取らなきゃ」

私もずっと、
そんなふうに力を入れて生きてきました。

特に子どもの受験や進路のことになると、
不安でいっぱいになることもありました。

でも、ふと気づいたんです。

イライラしても、深刻になっても、
現実はそんなに変わらない。

だったら、
「ご機嫌でいる」
ことを練習してみてもいいのではないか。

この記事では、
子どもの受験や進路で不安になったときに、
親が安心を渡せる存在でいるための考え方をお伝えします。

子どもの受験や進路。

親としては、
どうしても気になりますよね。

できるだけ困らないように。
後悔しないように。
いい選択ができるように。

そう思えば思うほど、
「ちゃんとしなきゃ」と力が入ります。

私も以前はそうでした。

子どものために、
ちゃんと考えなきゃ。
ちゃんと声をかけなきゃ。
親として責任を持たなきゃ。

そんな気持ちが強くなるほど、
心はどんどん緊張していきます。

そして、不安になると、
子どもへの言葉も変わってきます。

「大丈夫なの?」
「ちゃんと考えてる?」
「このままでいいの?」
心配だからこそ、言ってしまう。

でも、そこで少し立ち止まってみる。

私は今、不安から関わっていないかな?

そんな問いを持つことが、
親子の関係を変えるきっかけになるかもしれません。

「ご機嫌でいよう」と聞くと、
「何も考えないってこと?」
「子どもに任せるってこと?」
「無責任にならない?」

そんなふうに感じるかもしれません。

もちろん、そういう話ではありません。

ちゃんと見る。
ちゃんと関わる。

必要なときには、
必要なサポートをする。

でも、
不安をエネルギーにして関わらない。
ここが大切なのだと思います。

親が不安になっていると、
子どもにもその不安が伝わります。

だからこそ、
「大丈夫だよ」
という安心を渡せる大人でいたい。

何があっても大丈夫。
失敗しても大丈夫。
一緒に考えていけばいい。

そんな安心感があると、
子どもも自分のことを考えやすくなります。

子どもの未来を心配するあまり、
親の人生まで不安でいっぱいになることがあります。

でも、もし大人が、
「人生って面白いな」
「やってみようかな」
「失敗しても、また考えればいい」

そんな姿を見せられたら。

子どもにとって、
それも大きな学びになるのではないでしょうか。

親がいつも不安そうにしていると、
未来は「失敗しないようにするもの」に見えるかもしれません。

でも、親が人生を面白がっていたら、
「未来って楽しんでいいんだ」
「自分で選んでいいんだ」
そんな感覚が育つかもしれません。

だから私は、
子どもより先に、大人が人生を面白がることが大切だと思っています。

もちろん、私もまだまだ練習中です。

すぐ「深刻村」に行きます。

いじけ村にも行きます。笑

でも、そこで終わらない。

「また行ってたね」と気づいたら、
ご機嫌な方へ戻ってくる。

その練習をしています。

まずは今日、
「ちゃんとしなきゃ」
と思ったときに、
「今、私は不安から動こうとしていないかな?」
と、自分に問いかけてみてください。

そして、ひと呼吸。

子どもに何かを伝える前に、
自分の心を少し整えてみる。

それだけでも、
親子の空気は変わっていくかもしれません。

子どもの受験や進路を考えると、
親が不安になるのは自然なことです。

「ちゃんとしなきゃ」
「親として責任を取らなきゃ」

そう思うこともあります。

でも、イライラしても、
深刻になっても、
それだけで現実が良くなるわけではありません。

だからこそ、
「ご機嫌でいる」
ことを練習してみる。

それは、放置することでも、
責任を手放すことでもありません。

ちゃんと見る。
ちゃんと関わる。

そのうえで、
不安からではなく安心から関わる。

「大丈夫だよ」
そう言える大人でいる。

そして、子どもより先に、
大人自身が人生を面白がってみる。

その姿が、
子どもにとっての安心や可能性にも
つながっていくのだと思います。

今日から少しずつ、

深刻村ではなく、
ご機嫌村へ。

完璧じゃなくても大丈夫。

一緒に練習していきましょう。

私も、まだまだすぐに深刻になります。笑

だからこそ、「ご機嫌でいよう」と言いながら、
一緒に練習できる仲間がいたら嬉しいなと思っています。

親が変われば子どもが変わる、というより、
大人が安心して生きる姿そのものが、
子どもの世界にも安心を広げていくのかもしれません。